
夜のマンションは、不思議なくらい静かだ。
昼間は人の出入りが多い建物でも、深夜になると物音ひとつ聞こえなくなる。
仕事を終えて帰宅した私は、いつものようにエントランスでエレベーターのボタンを押した。
時計は午前1時半。
眠気もあり、早く部屋へ帰りたいという気持ちしかなかった。
「3階。」
目的の階のボタンを押すと、古いエレベーターはゆっくりと動き始めた。
しばらくすると、2階で止まる。
ドアが開く。
しかし、そこには誰もいなかった。
「誰か押し間違えたのかな。」
そう思い、特に気にも留めなかった。
ドアが閉まり、再び動き出す。
その時だった。
なぜか、さっきまで広く感じていたエレベーターの中が少し狭く感じた。
まるで、自分以外にも誰かが乗っているような圧迫感。
気になって振り返ったが、もちろん誰もいない。
疲れているせいだと思い直し、前を向いた。
ようやく3階に着き、部屋へ戻る。
その夜は何事もなく眠りについた。
翌朝、マンションの管理人から声を掛けられた。
「昨日の夜、エレベーターに乗っていましたよね?」
どうやら防犯カメラの映像を確認していたらしい。
「ちょっと見てもらえますか。」
そう言われ、管理室のモニターをのぞき込んだ。
映像には、確かに私一人がエレベーターへ乗り込む姿が映っていた。
そして2階でドアが開いた瞬間。
誰も乗ってきていないはずなのに、画面には黒い服を着た女性が私の真後ろに立っていた。
顔はうつむき、長い髪で表情は見えない。
私は何も気づかないまま前を向いて立っている。
そのままエレベーターは3階へ向かう。
ドアが開いた瞬間。
今度は女性の後ろに、もう一人。
さらにその後ろにも、もう一人。
気づけば五人の人影が一直線に並び、全員が私の背中だけを見つめていた。
思わず息をのんだ。
私はそのまま部屋へ降りていく。
しかし映像の中では、一番後ろにいた人影だけがエレベーターを降りず、その場に残っていた。
管理人は静かにモニターを止めて言った。
「このエレベーター、昔から誰もいない階で止まることがあるんです。」
それ以来、私は階段を使うようになった。
それでも、夜遅くに帰宅すると、ときどきエレベーターが一人で動く音が聞こえる。
表示を見ると、誰も乗っていないはずなのに各階で止まりながら、ゆっくり上へ向かっている。
そして最後は決まって、私の住む3階で止まる。
私は今でも、その扉が開く瞬間だけは見ないようにしている。
もし中に誰かが立っていたら――
ではまた、“夜のすきま”でお会いしましょう。
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